おフランス写真・その4

 おフランス写真、今日も見事にテイストがばらっばらです。
 写真作品を作るなら、とりあえず大量に撮ってそこから一つの物語ができるようにというか、筋が通るように編纂する作業があるんですが、そういうのにぜんぜん興味がわかないので基本撮りっぱなしです。

 面白いもんで、写真家さんの仕事はそこの部分が結構大きいですよね。

 写真家って自称する人が世の中に沢山いますけど、撮るだけじゃ写真家とは呼べないじゃないですか。撮って、まとめて、展示なり出版なりして、世の中に一連の写真で何かしら問いかける人が写真家さん。私は相変わらずカメラマン領域で楽しんでいます。











 私もこれだ、というテーマが決まればそれに沿って撮って編んでご披露、という形になるんでしょうが、撮るだけで楽しくって、そこで終わっちゃうのよね。いけませんねぇ。ただまあ、私の中の優先度が低いからそうなるんでしょうね。

 ほら格闘技をやっていたりしても、「単純に強くなる事が目的」「試合に勝って自分がどの程度なのか証明したい」「とにかく内容がどうあれ勝って褒められたい」ていう風に目的がそれぞれ違うでしょ。個人的には栄誉とか全然興味ないんすよ。商売に有利そうだなとは思うんですけど、かったりい。

 撮る技術、感性を磨くのが楽しいだけなので、別に誰に褒められなくっても俺が知っとるからええわ、っていう感覚になっちゃうんですよね。その「分かるやつにだけ分かれば」っていうのは独善以外の何物でもないんだけど、仕事としては食えている=継続して仕事させてもらっているので、とりあえずOKなんだなと判子をついてもらっているようなものなんですよ。そこで満足しちゃいます。

 どのみち、何をやろうがごく限られた人にしか「良さ」って伝わらないでしょ。

 仕事の場合は「こうした方がクライアントさんも含めた皆さんに伝わりやすいですよね~」って説明に徹するんだけど、仕事を一歩離れると別に説明をするという写真の機能を突き詰めたいわけじゃないんですよ。自分が納得したいだけなんです。そうなると必然的にわかりづらい写真になってきますわな。

 Instagramに流す写真も、全然作品集になっていない雑多な感じなのは、私がひたすら撮るのを楽しんでいるからなんですよね。その楽しさが伝わる人に伝わればいいじゃーん、と思うだけなんです。

 写真でファンを獲得しようと思ったら、もっと親切に「ここが面白いところですよ」って説明しなきゃならないので、それがめんどいっちゃめんどいんです。ちょっとはあざとくやらないといけないですからね。

 だからそれを最初から「そうやるものなんだ」と思い込んで臆面もなく出来ちゃう人が凄いなと思うし、同時に「そんなこっ恥ずかしい事よくやるな」という気持ちもあります。これってコンサバというよりディスクリートなのかなと自分では思うんです。